AIやAIを活用する技術の普及は、翻訳ワークフローにも大きな変化をもたらしています。様々な技術やサービスが増えるなか、十印が活用を進めているのが「マルチエージェント・システム (MAS: Multi-Agent System)」です。本記事では、このテクノロジーを活用した翻訳ワークフローがどのようなものか、利点と注意点、そして人間がどう関わっていくべきかをご紹介します。
マルチエージェント・システムとは、『目的を達成するために、ユーザーやシステムに代わってタスクを実行する複数の AI エージェントで構成された仕組み』を指します。各AIエージェントは、それぞれが特定のスキルを持った専門家チームのような役割を持ちます。
翻訳の現場では、指示書や用語集の学習、様々な形式のファイルを翻訳に適した形への変換、翻訳、レイアウト調整、などを担う AI エージェントが連携します。そして、「オーケストレーター」と呼ばれるAIが、これらのAIエージェントを取りまとめ、連携しながら工程を進めます。
人手による一般的な翻訳プロジェクトにおいては、コーディネーターが中心となり、翻訳者、レビュー担当者、DTPオペレーターといった各分野の専門家に作業を割り振る形で進められます。機械翻訳やAIの普及に伴い、翻訳やレビューといった個別のタスクがAIに置き換わることもありますが、依然としてタスク間の連携や進行管理は人の手で進められます(一部、翻訳管理システムによるワークフローの自動化も行われますが、一定規模以上の案件が対象となります)。
マルチエージェント・システムは、この流れを次のステージへと進化させます。マルチエージェント・システムは作業指示を受け取ると、内容を分析し、必要なAIエージェントと連携しながら、一連の工程を進めます。
マルチエージェント・システムの強みは、単にファイルを自動翻訳するだけでなく、プロジェクトごとの要件に合わせて翻訳ワークフローを定義できる点にあります。AI本体への追加学習をしなくても、翻訳指示や資料を的確に与えることで、AIの振る舞いをある程度コントロールできます。
例えば、特定の固有名詞(会社名、製品名など)を正しく訳出させたり、ブランドイメージに合わせた文体を指定したりすることが可能です。また、字幕翻訳においては句読点を使わないといった、メディア特有のルールを適用させることもでき、まさにオーダーメイドの翻訳自動化が実現します。
それでは工程の自動化により人間の役割はなくなってしまうのでしょうか?決してそのようなことはなく、むしろ、人の役割はより専門的で高度なものへとシフトします。最も重要になるのが、AIへの的確な指示を作成する能力、つまり翻訳のゴールを正しく定義し言語化する、そしてそのゴールに至るまでのガイドである指示書や用語集を整えるスキルです。AIは指示された内容を忠実に実行しますが、何を以て「良い翻訳」とするかを決めるのは人間です。
また、AIエージェントのパフォーマンスを継続的に監視し、品質を維持・向上させるために必要な調整を加えていくことも、人間にしかできない重要な付加価値となります。
●マルチエージェント・システムを利用した翻訳ワークフローには以下の利点があります。
●ただし、システムの活用する上で覚えておくべき注意点も存在します。
これらの利点や注意点の詳細については、次の記事で詳しくご紹介しますのでどうぞお楽しみに。
▶著者紹介
株式会社十印 翻訳事業部 営業1課
田中多賀雄
グローバル翻訳業界の第一線で活躍し、エンタープライズ向けローカライズ案件のオペレーション、営業、ソリューション構築をリード。その後、AI翻訳と最先端の周辺技術を開発するテクノロジー企業で、業界の未来を切り開く技術革新に貢献。2024年、株式会社十印に参画し、テクノロジーと人手のシナジーを最大限に活かした次世代の翻訳サービスを構築。効率と品質の両立を追求し、グローバルコミュニケーションの新たなスタンダードを確立している。