2017.11.02

【十印の歴史】(4)—動き出した仕事

最初の社員誕生

「十印の歴史(3)」の続き

今回は、その後の高度経済成長に乗って仕事が動き出すところまでをお話します。
時は、昭和38年(1963年)、東京オリンピックの前の年です。

きっと場所がよかったのでしょう、タイプライターがひとつあるだけのオフィスですが、看板をかけたとたんにタイプの仕事が舞い込んできました。
これからタイプライターの勉強をして、それから仕事をしようと思っていた矢先なのに、学校を探したり、1ページも練習する暇もないままに仕事がどんどん入ってきます。
後から後から入ってくる仕事を、近所のタイピング会社に運ぶのが、私の毎日の仕事になりました。

ある日、紹介で富士製鉄さん(現新日鉄)の大きな仕事が入ったのですが、いつもお願いしている会社さんではそんな大量は出来ないと断られてしまいました。

考え抜いた挙句、外務省のタイプ室では二十数人のタイピストさんがいらして、時間的に余裕がある日もあると聞いていたので、とにもかくにもお願いに行きました。もうがむしゃらです。
私の熱意が伝わったのか、そこで快く受けていただくことができ、あっと言う間に仕事は終わりました。そして、アルバイト料を支払っても当時としては少しまとまったお金が残りました。
そこで私はタイピストを一人雇用することができました。これが十印の最初の社員です。彼女は大変優秀なタイピストでした。

そんな風に最初の三ヶ月はすぎていきました。
その後、転機になるような大きな仕事が舞い込みます。

それはまた続きでご紹介します。

「十印の歴史(5)」に続く

backtotop